ミッドナイトスワン

エッセイ

 『ミッドナイトスワン』という映画を観た。これまで3回レンタルして、何度も何度も観た。

トランスジェンダーの主人公「凪沙」を演じるのは、元SMAPの草なぎくん。ニューハーフクラブで白鳥の格好で踊ったり、面白半分で来店する客とお酒を飲んだり、悪気のない言葉を受け流しつつも傷付く。なおかつ女性ホルモン注射をし、その副作用にも苦しんでいる。女として普通に生きたいのに肉体は男。やり場のない苦しみを抱えながらも、凪沙は必死に生きている。

そこへ、親から虐待されている親戚の女の子「一果」を一時的に預かることになり、いびつな生活を重ねていくことになる。一果の表情は無機質。言葉も極端に少なく、何を考えているのかわからないと凪沙は疎ましく思いつつも、一果が始めたバレエを通して徐々に2人の距離感が近くなり、いつしか凪沙も一果への母性愛が芽生える。そんな話だ。

 草なぎくんは歌って踊るのが本業だっただけあって、体に何の無駄もない。ピンヒールを履き、美しく歩く。話し方や所作も女性以上に女らしい。それなのにどうしても男に見えてしまう草なぎくんの顔の骨格や輪郭が、上手く活かされている。素晴らしくナイスチョイスな仕上がりだ。

 私の親戚にもトランスジェンダーの人がいる。小さい頃から男の子向けのアニメに興味がなく、セーラームーンを好んだ。成人式でも振り袖を着た。彼女は既に性転換手術をして、現在は性別も名前も女性になっている。見た目もどう見ても美しい女なのに、彼氏に実は男だったという話をしたら、逃げるように去ったそうだ。そういうことは一度ではなく、何度もカミングアウトしては受け入れてもらえないことがあった。受け入れてくれても、相手がやっぱり自分の子どもが欲しいと言われてしまうと、別れなくてはならなくなる。それがトランスジェンダーの人の現実だ。

私は同性愛を差別する人が嫌いだ。人が人を愛して何が悪い、恥を知れと言いたくなる。男とか女とかは、その人の人間性を深く愛したときに、障害になるわけがない。そこに隔たりを置くなら、それはその人の人間性が貧しいだけだだろう。

そして、いつも思うが草なぎくんの「彅」の字はそんなに難しい字ではないので、どうにかしてあげてほしい。(ねぎ)

※使用している写真は、公式ホームページから引用しています。

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