ちん

エッセイ

 私は長年、東京の吉祥寺に住んでいた。何もかもが楽しい街。多少無理してでも高い家賃を払うだけの価値はある街だと今でも思っている。

吉祥寺には沢山カフェがある。私は駅前の「ゆりあぺむぺる」というちょっとどうかした名前のカフェが好きだった。中学生以下は入れないような静かなカフェだ。大声で話す人もいないし、客層もすごく落ち着いた感じだった。何ともレトロな雰囲気が私は気に入っていた。

吉祥寺に住んでいて、ものすごい財産を持ったオッサンと友達になった。小学校から大学まで学習院のボンボン。28歳までは大蔵省に勤めていたけれど、どうやら働かなくても親の金で食っていけると気付きニートに。繊細かつ神経質かつ短気なので、結婚には向いていない。両親を早くに亡くし、井之頭公園の近くに300坪の豪邸に1人で住んでいた。オッサンの愛車はベントレーコンチネンタル。本当にそういう車を買う人がいるのかと驚いたが、オッサンはなんとなく顔がマヌケで、豪邸もコンチネンタルもあまり似合っていなかった。お金の使い方が人と違うようで、オッサンは羽田空港から新千歳空港までの1時間半ほどの移動なのにファーストクラスで行く。バカなんじゃないかと思った。

オッサンとは吉祥寺内の色んな所へ行った。ラーメン食べたり、もんじゃ焼きを食べたり、いせやで安い酒飲んだり、本当に色々なことをオッサンと共にした。恋愛とは全く違うけれど、お互いに必要な存在ではあった。

ある日、オッサンが「コーヒー飲みてぇな。あそこ行くか!」と言うのでどこだと聞いた。

「ほらよ~駅前のうーん……ほらよ~ちんちんちんちんだよ!ちんちんちんちん!」とオッサンは言った。

駅前に「ちんちんちんちん」という卑猥な名前のカフェなんかない。吉祥寺じゃなくてもどこにもないだろう。

「行けばわかるからよ~」とオッサンが言うのでついていったら「ゆりあぺむぺる」だった。

オッサンは「あーゆりあぺむぺるだった!そうだそうだ!名前が覚えにくいんだよ!」と言いながら店に入った。私はここは静かなカフェだとわかっていたけど爆笑してしまった。学習院で何を学んだのか知らないけれど、ものの例えとして「ちんちんちんちん」といってしまうオッサンになることもあるのだ。

(文・ねぎ)

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