エッセイ

 作家遠藤周作の作品に「白い人黄色い人」がある。彼の文壇デビュー作であり芥川賞受賞作でもある。書き出しは神がパンを焼くとき最初は焼きすぎ黒いパンとなりつぎに焼いたパンは熱があまりとおろず、半生の白いパンとなり、三度目に焼いたパンがちょうどよく焼けて黄色いいパンが焼けた。この3種類のそれぞれのパンが後の黒人、白人、黄色人種となったという話からはじまる。

その後のストーリーは忘れた。

 黒人、白人、黄色人種どれもみな同じホモ・サピエンスであり、出自はみな東アフリカの大地溝帯である。であるにも関わらずなぜ肌の色が違うのか。肌の色のことは人種差別のことを内包しておりデリケートな問題である。その意味でか肌の色の問題や研究は無意味であるとの意見が強く参考文献もみあたらない。私もそれはわかる。人種差別論者でもない。しかし、素朴な意味に於いてなぜ肌の色に違いがあるのか。先述したようにわれわれホモ・サピエンスの故郷は東アフリカの大地溝帯であるからこととアフリカ大陸の住人のほとんどが黒人であることから最初のホモ・サピエンスは肌の色が黒かったのではないだろうか。

アフリカ大陸に近いヨーロッパに進出したホモ・サピエンスが白い理由、アジアのそれが黄色い理由が私にはわからない。

 遠藤周作に話を戻す。遠藤周作を知ったのは私が中学生一年生のとき。学校の図書室とは別にクラスのなかに学級文庫なるものがあり、その中の一冊に「ぐうたら日記」という本があった。これを借りて読んだら内容が愉快だった。遠藤周作に好感を持った。巻末に「遠藤周作」純文学作品と題した宣伝があった。そこに冒頭の「白い人黄色い人」等純文学の紹介があった。これが私と文学の出会いであった。

 遠藤周作の作品についてはamazonで多数ヒットします。
(文・ポッキー)

タイトルとURLをコピーしました