子守唄

エッセイ

 私は音のない状態で眠れない。音がないと自分の心音に神経が集中して、動悸が変な具合になってしまう。そうなると徹底的に眠れずに、悶々とするだけの苦しい時間を、朝方まで過ごさなければならなくなる。姉は「心音って安心しない?心音を聞いていると安心して眠れるの。母胎の中みたい。」と不思議ちゃんみたいな発言をするので、ドロップキックと目潰ししてやりたくなる。
「さて、寝よう」と切り替えるには、どうしたらいいのか全くわからない。寝落ちをする形が理想的だ。眠りに落ちるまでの間、何をしていたら素早く眠れるかを考えて、学校の授業中に眠くなるので、眠れるまで本を読むことにした。読みやすく、わかりやすく、有意義で、面白い本は良くない。面白くなってしまうと先が気になって、最後まで読んでしまって、もれなく寝不足になる。本を読んでいる間はラジオを流している。ラジオも内容が面白くなりそうだと良くないので、ニュースなんかを聴いていた。面白くない本と面白くないラジオ、面白くないと切り捨てて、つくり手の方には申し訳ないが、それくらいじゃないと私は眠れなかったのだ。私の健康な日常には必要だったのだ。

 眠るための面白くない本として良かったのは、哲学や思想の本だ。暇を持て余してぼんやりと考えている人が書いているだけあって、本当に面白くない。そこから何かを学んで、自分の為になればいいとも思わずに、生まれてから死ぬまでの人生という暇つぶしに意味を求めて、何にもできない自分に言い訳をしたいのだろうと、逆に私も面白くない思想を持つようになってしまった。これは良くない、イヤな予感がすると悟ったのが20代後半。まだ大丈夫、まだ間に合うと思っていたが、周りは結婚して家庭を持つようになり、イヤな予感の通り私は周りで浮いてしまった。みんながスルーしないで真面目に向き合ってきた物事を、私はこれでもかとスルーをし、スルーしている感覚すら忘れて、人生において遭難してしまったのだ。たかが眠るために読んでいた面白くない本のせいで、私の人生は本当に面白くなくなってしまった。そこから私は反省し、つまらない本を読むのをやめた。「ハンターハンター」の新刊を待ち望むようになった。

 ここ数年は、老眼が著しく進み、メガネをかけても外しても文字がよく見えなくなっている。それでも何か見聞きしていなければ眠れないのは変わらず。去年あたりからYou Tubeで「ひろゆき」という理屈っぽい人のトークを聴くと、3分もしないで眠りに落ちるようになった。これは私に限ったことではないようで、『秒で眠れる ひろゆき作業用&睡眠用トーク集』というタイトルが付けられている。きっと沢山の人がひろゆきの声が子守唄になっているのだろう。あの独特な話し方が心地良いとは、何とも不思議なものだ。最近買ったスマートウォッチで睡眠の記録を見ると、深い眠りが7時間という理想的な睡眠を取れているようだ。

(文 ねぎ)

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