現時点、地球から消えるべき存在は人間だ。人間が消えれば環境問題を一発解決できるのだ。ゆくゆく地球は燃えて無くなることを人間は知っているから、その直前まで甘い汁を吸い続けるだろう。私は自分が人間である以上、天寿を全うする。一度きり二度と無い人生を無駄にしてはいけないのだ。
「快適」を追求すると人類は発展していくけれど、「最適」を追求していくと人類は滅びるらしい。要するにほどほどに、そういうことなのだろう。
その中で、私が苦々しく思うのは、人間の都合で無駄な殺生がされていることだ。もちろんこの世は弱肉強食、生きていく上でそればかりはどうにもならない。どこかしら、何かしら、犠牲にならなくてはならない。命は命で平等であり、命あるものに全て平等にあるのは死だ。そこまでわかっているのに、人間はどうしてこうも身勝手なのだろう。
私は虫が嫌いだ。北海道から上京して初めてゴ◯ブリなるものと遭遇し、あまりの恐怖で頭がパニックになり、近所の交番に駆けつけたけれど相手にされず、私は自分の家なのにゴ◯ブリがいるであろう部屋に入れず、ゴ◯ブリを殺し慣れている友人に退治してもらった。そしてホウ酸団子というゴ◯ブリ避けを部屋のあちこちに置いて、ひとまずは安心していた。ゴ◯ブリが嫌いな電波を発する道具も気休め程度に置いておいた。
それにしても薬局には虫を殺すアイテムがたくさんある。最近、部屋にアリがいたので、アリを寄せ付けないスプレーと置き型の虫除けを買った。今のところそれでアリが出なくはなった。薬局の虫を殺すアイテム売り場をじっくり見ていると、本当に自分が人間であることを疎ましく感じた。コバエを誘っておいて殺したり、アリに美味しいエサだと認識させ、実は巣をまるごと根絶やしにさせたり、ベタベタした紙に触れたハエが身動きとれずそのまま死なせたり、虫が死に至る毒ガスを噴射して殺したり、ハエをターゲットにしたハエを叩いて殺す道具が100円均一なんかで売られていると、ハエだってやるせないだろう。私を叩き殺すための道具が100円均一で売られていたら、ものすごくショックだと思う。多少うるさく飛んでいた程度で殺されるとは、あまりにも不条理ではないか。
虫に限らず我々人間が快適に過ごすためだけに、駆除している生き物は悲しいほど沢山いる。私は小さな頃に養鶏場の見学をしたことがある。ひよこのオスとメスを分ける作業を見ていると、作業員の男性がひよこを手のひらでブチュっと握り殺して笑っていた。私はショックのあまりギャンギャン泣いて倒れてしまった。今思えば、これは絶対に小さな子どもに見せるものではない。いくら食べてしまう未来があるにしろ、やってはいけないことだ。私のトラウマになったのは言うまでもない。
成人してから、やはり肉は食べるべきではないとベジタリアンになったことが1年ほどあったが、菜食主義はつまらない。食べた気がしないのだ。
さて、今夜はカツカレーを食べよう。
(文 ねぎ)


