ここ1年ほど、台所に立つことが多くなった。
終ぞ料理をしないで長年生きてきたし、料理はできる人がやればいいと思う。
彼と同棲していた頃も自分で作らないで、彼が作ってくれるものを食べていた。朝からアジを焼いて、目玉焼きを作り、具沢山の味噌汁を作り、納豆にはネギが入っていて、彼が作ったナスの漬物と白飯を出してくれる便利な男だった。自分で作るのはせいぜいそうめんを茹でるとか、インスタントラーメンか、カップ麺だった。豆腐を食べるときのネギは、彼が切ってくれていて、私はそこへ醤油をかけるだけなのだ。随分良い身分だったなと思う。
彼と別れて、家族と一緒に暮らすことになった時も、元料理人である母が何でも手早く作って出してくれるので、自分で作るという選択肢がまるで見えていなかった。
姉も料理がすごく上手だ。姉が作って美味しくないと思ったことは一度もなく、私が苦手な食材を工夫を凝らして美味しく作ってくれた。美味しいものを食べたい気持ちが強くて、それらを作る手間を手間だと思わない人だ。主婦にしておくのはとてももったいないセンスを持っている。心ゆくまでジーマミ豆腐を食べてみたいと話すと、1kgはあると思われる量を作ってくれて、もう沖縄へ行かなくてもいいとさえ思った。
甥も現役の料理人だ。高級ホテルで和食をやっている。家にある材料でいいから、だし巻きたまごを作ってみてほしいとお願いすると、ものすごい手間暇をかけて完成した。『昨日なに食べた』のオープニングのように、甥がだし巻きたまごを作る姿を動画に撮って、たまに見てニヤニヤしてしまう。
周りにこれだけ料理ができる人が居たら、自分で何か作ろうなんて思わないはずだ。来る日も来る日も家族が作るものを食べ、それがずっと続いていくという勘違いをしていた。そしていい歳になった自分が今更料理ができるわけがない、カップ麺があればいいもん!と切り捨てていた。
1年前に父の肺がんが見つかった。ステージ4で骨やリンパやあちこち転移して、父が長くないという状況になったせいなのか、私は誰かにやれと言われたわけでもないけど、簡単な料理をするようになった。父が私たち家族に惜しみなく美味しいものを与えてくれたので、みんな舌が肥えている。まだ小さい頃の甥姪はレバ刺しを食べたり、回転寿司で「このサーモン脂のってないよ!」と文句をつけたりもしていた。父は美食家なのだ。美味しいものを食べることの幸せを、父は教えてくれるのだ。
私は包丁を上手く使えない。大さじがどれくらいの量なのか知らない。それでも味の着地点がわかっていれば、そこへ持っていくのは案外容易いものだった。どれだけクックパッド等のレシピを参考にしたとて、結局は自分の好きな味になる。ただ、どういう調味料が必要なのかを知るためには役立っている。
(文 ねぎ)
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