私は音楽に疎い。どういう音楽が流行っているのか全く知らない。記憶を遡っていくと、小学生の時はBeatlesを聴き、中学生の時にクラシックやヒップホップを聴き、高校生の頃は洋楽やテクノ、レゲエを聴き、自分が好んで聴いている音楽は、どうやら周りでは大々的に流行っているものではなかった。
友だちとカラオケへ行っても、私が歌う曲は知らないからつまらないらしく、次に歌う曲を選ぶことに友だちは勤しんでいた。そもそも、私は歌が著しく下手だし、持ち歌が「夢芝居」と「シャアが来る」のみ。マラカスやタンバリンでのせてくれる人がいない。友だちの身になって考えると、確かに私とカラオケに行っても楽しくはないだろうと悟った。私はマラカスやタンバリンを叩いているだけで良かったのだ。
19歳の時に、ベースを買った。たまたまドラムを叩ける友人、少しギターが弾ける友人、歌が得意だとする友人が集まって、人生のうちに一度くらい楽器をかじってもいいだろうと思い、消去法として私がベースを買うことになったのだ。「じゃんけんに 負けたわたしは ベーシスト」というロック川柳の通りになってしまった。好きなバンドの楽譜だとか、初心者に向けたベースのノウハウ本を買い、自分なりに努力をしてみたけれど、ベースが少し弾けるようになっても、あまり楽しくはない。多分、華がないポジションだからつまらないのだろう。とは言ってもベースの無い音楽なんてスカスカになるから、無くてはならないポジションだ。それはわかっているけれど、私は楽しくないのでベースとは自然消滅した。音楽は聴く側で十分なのだ。中には天才的なベーシストも沢山いて、彼らに憧れを抱くこともあるけれど、自分にはそういう才能やセンスは無いものだと早いうちに諦めた。
音楽を作れる人はすごいと思う。まず何かしらの楽器を弾けること。楽譜を読めること。そこからメロディーを作り、メロディーに合わせた歌詞を書き、それを良い声で歌う。実に器用だ。もっと言うと私達は日本人なのに、なぜ外国語で歌う人がいるのだろうと不思議に思う。日本語の方が伝わりやすいと思う。楽器のテクニックやセンス、メロディー、心打たれる歌詞、歌唱力、そこへ外国語も勉強しなければならない。更に容姿端麗なミュージシャンもいる。そして更に笑顔で歌って踊る人もいる。もう、何なのだろう?ヒトなのだろうか?先日書いたダルビッシュ有同様、やはりこの世は不平等なのだ。
ちなみに、このJR千歳線の平和駅~苗穂駅の間のような動画、よく見聞きしていればからくりがわかる面白いものなので載せておきます。(文・ねぎ)


