土星の領土争い

エッセイ

私はかつて、彼氏と呼べる人と十数年、東京で同棲をしていた。最初の1~2年は何をしても新鮮で楽しく、寝る間を惜しんででもお互いを知るべく、ビールを浴びるほど飲んで、頻繁にトイレへ行き、とことん話していた。朝まで生テレビのようだった。今思えば、もっと有意義な話をするべきではなかったかと思うが、20代になっても私と彼は中二病を拗らせていて、私と彼の世界観を理解できないという友人が多かった。むしろ中二病上等と、誰にも理解ができない私と彼の関係性に誇りに近いものを感じていたりもした。独特なぶつかり合いを心から楽しいと感じていた。

同棲を始めて3年ほど経っても、相変わらずお互いに笑えるぶつかり合いをしていた。お互いがお互いの頭の悪さをとても愛おしく感じていた。しかし、どれほど愛し合っていても、譲れない部分を持っているのが男女というもので、出来る限り波風を立てないようにしていたが、激しくぶつかることが生じてしまった。

ある晩、布団に入ってお互いが寝静まるまでポツリポツリと、その日あったことを話していた。

ふと、彼が「土星って誰のものなんだろうね。」と言った。

「誰ということはないよね。お金で買ったわけではないもの。」と言い返すと

「じゃあ、このタバコは僕が買ったものだから僕のものだよね?冷蔵庫に入ってるプリンも、僕が買ったから僕のものだよね?僕はどうやって土星を自分のものだと言って人を納得させられるかな?」

「沢山の他人様にそれを言うと変な風に誤解されるから、心の中にとどめておけばいいのでは?ただの思い込みだけであなたが満足するなら誰の腹も立たないでしょう。お金もかからないしね。」と返すと、

「じゃあこの時をもって、土星は僕のものだ。僕と君の心の中では、土星は僕のものだ。」と、彼が納得しかけたところで私は、

「思い込みだけで満足できるなら、私も心の中で土星は私のものだと思っていてもいいんだよね?」と訊いてみた。

「いや、たった今、僕と君の間では、土星は僕のものだと結論が出たのだから、今更土星を譲るわけにはいかない。舌の根も乾かぬうちにそんなつまらない便乗をするとは君らしくない。」

「あなた同様に沢山の他人様に土星は私のものだと言わなければ、思い込むことによって土星は自分のものになるという理屈が、あなたに限られるのは納得できないわ。私も土星は私のものだと思い込んでもいいじゃない。こうやって言葉に出して土星の所有権を争うならば、私はもう言葉にしないで、思い込むだけにするよ。争い事は良くないもの。」

「何を言おうと土星が僕のものだと最初に認めたのが君なのだから、君に土星は譲らない。君の思い込みを認めたわけではないからね。でも僕だって悪人ではない、東京ドーム10個分の土地なら、快く分けるともさ。分け合う気持ちは大事だろう?」

「確かに分け合う気持ちは大事よ。譲り合う気持ち、認め合う気持ち、許し合う気持ちは大事。あなたにその気持があったから、今まであなたと一緒にいたけど、あなたは実際、お猪口の裏にも満たないほど器の小さな男なのね。」

「君だって寛大な人間ぶっているけど、意外なところでケチをつける女だとは思ってなかった。君は土星みたいな形のアクセサリーを持っているから、それを君の土星としておけばいいじゃないか。金で買っているから間違いないだろう?君は欲張りだ。慎ましい女だと思っていたのに。」と不貞腐れた。

バカらしくなってきて私は眠りに入ったが、これは記憶に残っている大きな揉め事だった。それが原因ではないけれど、結果的に私と彼は一緒にならなかった。原因はお互いの理屈っぽい性格から生じるぶつかり合いに疲れたからだ。

そんなわけで、「物事はなるようにしかならないし、考えだしたらキリがない」と構える寛大な男性との出会いを夢見ているが、未だならず。(文・ねぎ)

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