だいぶ前だが、NHK朝ドラの主題歌がSMAPの『さかさまの空』という歌が使われていた。私の部屋は居間の隣なので、いつもウトウトしながらSMAPの歌が流れてくると、そろそろ起きる時間だなと頭が覚醒されていた。
その主題歌では、歌がめっぽう下手だという中居くんが「♪街の音は 泣き声を消して 夕焼けは 君をただ 静かに見つめていた♪」と、歌っているフレーズがあった。SMAPの誰が誰の声なのかはわからないけれど、中居くんはわかる。その中居くんが歌っている数秒を、他のメンバーが歌っている部分を使えば映えるのに、なぜ中居くんなのだろう？と疑問に思っていた。お世辞にも上手だとは思えない中居くんの歌声で、毎朝ぼんやりと目が覚めるのだ。別に問題のあることではないけれど、毎朝不思議な気持ちでいた。
その不思議な気持ちが、自分でもよくわからないベクトルに向かった。私はその中居くんが歌っている部分だけをエンドレスで聴きたいと思うようになった。何の意味もない、何の需要もない、おそらく他人様からどうかしていると思われるだけのことを、私は真剣に取り組んだ。
まずはそのSMAPの曲をダウンロードした。中居くんが歌っている部分だけを切り取るには、音楽の編集をするソフトが必要になってくるので、そのソフトもダウンロードした。しかし、それまで音楽の編集なんて一度もしたことがなく、何から手をつけていいのかわからず途方に暮れた。音符は読めない。音楽編集ソフトの専門用語もさっぱりわからなかった。しかし、良くも悪くも私は諦めの悪い人間だ。どれほどくだらないことでも、やろうと思っていたことを簡単に投げ出すことができないのだ。早めに解決して、早めに寝るのが精神面に良いので、私は音楽編集ソフトの使い方をYouTubeなんかで観て学んだ。音楽の切り抜きができるようになったのは、取り組み始めて２日めだった。夢中になると寝るのも忘れてしまうので、家族には顔色の悪さを心配された。
努力した甲斐があって、中居くんの歌っている部分だけの切り抜きをできるようになった。0.01秒ほどの差でも仕上がりが変わっていくもので、一番初めに仕上がった中居くんの切り抜きは、他のメンバーの声も入っていて、それがちょっと改善の余地があるのではと思い、完全に中居くんの声だけを抽出した。何度も試行錯誤して完成した中居くんの切り抜きは、見事に私が満足するものとなった。タイトルは『中居くんオンチループ最強版』と名付けた。こんな何もできない私がよく音楽編集ソフトを操ったものだと、自分にはまだ様々な特技があるのかもしれないとワクワクした。
ある日、友人が遊びに来たときに、『中居くんオンチループ最強版』を誇り高い気持ちで聴かせた。この友人もなかなか愉快な人なので、この良さも笑って理解してくれるだろうと思っていたが、「…面白いけどさ…やっぱりあんた頭おかしいよ」とドン引きされた。そのせいなのか、友人とは疎遠になってしまった。（文・ねぎ）
