美容師

エッセイ

 私はオシャレな美容室というのがどうも苦手で、物心がついた頃からある近所の美容室がとても落ち着く。高齢の美容師さん(以下お富さん)が長年一人で営んできた美容室で、昭和感が満載。電話がダイヤル式の黒電話。テレビはない。BGMはラジオ。お富さんは携帯電話を持たない。店で寝泊まりしているので、必要がないそうだ。なのでお富さんはこの世界の情報を週刊誌とラジオで得ている。
 先日、髪を切った時に

「いんたーねっとって何?」

と訊かれた。
一瞬、頭がフリーズした。昭和を生きているお富さんにどういう言葉で説明したらわからなくなった。当たり前のように日々インターネットを使って生きている現代の人間が、インターネットとは何?と訊かれてササっと説明できる人は少ないようにも思う。

また「つい?つーいったーって何?」

「いんすたんとくらぶって何?」

「にゅーちゅぶーって何?」

とも訊かれた。

多分、TwitterとInstagramとYou Tubeを指していると思う。

一通りスマートフォンを使って説明してみた。その中でお富さんはYou Tubeに一番興味を持った。中森明菜が好きだというお富さんに、ライブの様子を見せたらキャーキャー言って、髪を切る手を止めた。それからお富さんは1時間ほど私を放置して、ライブを最後まで観た。お富さんは煙草を吸いながら「ものすごい世界になったのね…」と感動していた。

次に髪を切りに行く時は、画面の大きいタブレットを持って行こうと思っている。そしてお富さんは中森明菜で心が浮ついたのか、私の前髪をかなり短く切った。意図しない短さだったが、良いものを見せてくれたお礼と言って、シャンプーとトリートメントをしてくれた。大きな私の頭を洗うのは大変なのか、高齢のお富さんは少し息を切らしていた。

お富さんの夢は、カットしながら死ぬことらしい。美容師はお富さんじゃなきゃと言う人が沢山いるので、もしかしたらその夢が叶うかもしれないが、できればあと50年生きてほしいと切に願う。(ねぎ)

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