『感情を我慢してしまう人』への処方箋

本の処方箋

処方本;『思いを伝えるということ』(大宮エリー・著文春文庫・出版)

◇処方箋フレーズ◇

 ≪「嫌悪も、疑問も、軽蔑も、蓋をせずにそれを味わって、楽しんでやらにゃいかんのさ」≫

『たき火の行く末』(『思いを伝えるということ』収録)より

私たちの中には様々な感情が常に混在しています。

他人と円滑に共存していくためには、自分の感情や思いをぐっと我慢しなくてはいけない時もあります。

 相手を思いやって、表に出さない感情もあるでしょう。

「相手を思いやる」ことは、円滑に共存していくためには、大切なことですが、自分の感情に蓋をしすぎるのも心に毒ですよね。

ことばにして、伝えないといけない感情や、凝視して見つめあわなくてはいけない思いをひとつひとつ拾い集め、まとめたのが本書です。

本書は三通りの楽しみ方ができます。

詩のパートと詩と同じテーマで描かれた短編小説のパートに分かれているので、詩だけを読むもよし、短編小説だけを読むもよし、もちろん、詩と短編小説の両方を読むのもよし!

 小説は、少し不思議な設定が織りこまれています。「ありえない」設定ですが、現実の裏側に迷い込み、「人の思い」について触れられる短めの物語。

 その中の一編に『たき火の行く末』という話があります。

 主人公のきりこは、19歳。母親と二人暮らしで、母が家にいる時は、できるだけ一緒に過ごしたいから母が夕飯の買い出しに出ている時間だけは裏山の神社まで散歩をしにいくのが日課になっている。ある日、いつもと違う脇道から神社を目指すが、きりこは森の中に迷い込んでしまう。このままだと母が帰ってきてしまうのでは、と不安に思っていると一人の老人と出会う。老人は「たき火をしないと、ここからは永遠に出られない」と言う。

 きりこは老人と一緒に小枝を集め、たき火をすることに。

 けれど、その火をみているときりこは、一度だけ男を選び、自分を捨てていった母のことばかり思い出す。あの頃は母も若かったのだから仕方ないのだ、と言い聞かせていたのに、孤児院に入れられた時の辛い思い出がよみがえってくる。火を消そうとするきりこを、老人は止めて、ちゃんと最後まで味わって楽しめ、と言う。

 母親だから愛さなくてはいけない。そう思い込んで― ―思いつめて、生きている人は案外多いのではないだろうか。母親はたしかに肉親だが、「憎い」と思ってしまうこともある。けれど、「こうあるべき」という誰かが作り上げた常識が、母親を「憎い」と思う自分の感情に蓋をする。

 老人はこうも言う。

≪「色んな親がいるから。無理に好きになるこたあないよ。感謝すればいい。生んでくれたことに。   それだけでいい」≫

 さて、きりこは、私たちは、最後までこのたき火(うずまく感情)を見届けることができるのでしょうか。

 そして、もしたき火を見届けられたら、その先に残るものとは・・・・・・。

今、感情を心ではなく頭で処理しようとしている方に処方したい一冊です。

 じんわりと、こり固まった頭と心に効いてくれます。

≪文・本の薬剤師≫

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